「……は?」
予想外の返事に驚きの声をあげてしまう。
タヌキ先輩に「もうすぐふたり、3年記念日ね。リソルくん、お祝いするの、ぜ〜ったい忘れちゃ駄目だからね!」とこの前釘を刺され(完全に忘れていたのでありがたい)、主人公に何をしようか訊いてみたのだが……。
まさか「ふたりで魔界に行きたい」と言うとは。
「悪いんだけど、アンタを花嫁としてオレの館に招待するのは学園を卒業してからじゃないと。任務があるし……」
珍しく困った様子を見せるリソル。主人公はキョトンとした後顔を真っ赤にして違う違う!と慌てて説明した。
「なんだ、旅行したいって事か。……は?魔界に?」
そうそう!と頷く主人公。
「本気で言ってるの!?魔界に?魔界がどんな所か知らない訳ないよね?魔界に観光するような場所がある訳ないじゃん!」
首を大きく横に振って否定する主人公。
「魔族のオレが無いって言ってるのに。魔界に旅行に行きたいだなんて、この世でアンタが初めてだと思うよ」
相変わらずこの人は訳分かんない事言うなあ。
でもひょっとしてこれが大魔王の器ってヤツなのかもね。
※ ※ ※
11月22日、記念日当日。
アビスジュエルでゼクレス魔導国へ。
主人公は……、大魔王だとバレるのが嫌だという事で衣装券でサマーウルフの姿になっている……。
魔物の格好なんかしてたらゼクレスじゃ相手にしてもらえないよ?って言ったんだけど、「今のゼクレスは大丈夫!」って。
オレがいない間にゼクレスってそんなに変わったのか。
主人公はマカイ・マカロンが食べたい!って道具屋にいるマカロン・マカロンのスタッフ、デュルメの元へ。
でも案の定、サマーウルフの姿で「すみません」って声をかけた主人公はデュルメに無視されていた。
まあ、やっぱりそうだよね。ここはゼクレスだからね。
やれやれ、と思いつつデュルメに声をかける。
「ねえ、デュルメさん。マカロン2つ欲しいんだけど」
「これはこれは、現国王アスバル様の従者のリソル様ではないですか!もしやアスバル様がお召し上がりに?」
「いや、あるじの大事な知り合いに、かな」
「さようでございますか!ささ、どうぞこちらお持ち下さいませ!アスバル様に何卒宜しくお願い致します」
「ありがと」
道具屋を出たリソルは主人公に訊ねる。
「で?次はどこ行く?」
主人公はリソルの屋敷!……のそばの民家!と答えた。
「そんなとこに何があるの?」
主人公は行けば分かる、と言って目的の民家に入っていった。
家主らしきウェディの魔族の男性は戸惑った様子で
「やあ……どちら様かな?」
と言った。
主人公はサマーウルフの頭を外すと「あの時お世話になった者です」と言った。
「ああ!マデッサンス・ポップコーンの人だね!今ちょうど、久し振りにポップコーンを作ったところさ。良かったらあげるよ」
主人公はにこにこ顔でお礼を言ってポップコーンを受け取ると民家を出た。
「で?次は?」
リソルの屋敷!……は嫁入りしてから行くから違う所!と言って主人公はアビスジュエルを取り出した。
「この前勝手に入ったくせに」
というリソルの言葉に主人公は「リソルの屋敷だって知らなかったから」と白々しく答えた。
……主人公のヤツ、大魔王になってふてぶてしくなったな。
主人公がアビスジュエルを掲げると綺麗な水辺と不思議な木の生えた見知らぬ場所に着いた。なんだか美し過ぎてあまり魔界らしくないが、遠くから恐ろしげな魔物の鳴き声が聞こえる所はやはり魔界だなと思う。
「……ここは?」
主人公は「ここはラーの広場。私は魔界でここの景色が一番好きなんだ」とリソルに言い、先程手に入れたマカロンとポップコーン食べようと言って水辺に腰を下ろした。
水面が緑や透明や紫に移り変わるので見ていて飽きない。
主人公のトポルの村での出来事を聞きつつお菓子を食べる。
「アンタがラーの果実を食べたらどの姿になるんだろうね?」
主人公は闇の根源からも似たような事を言われたなあと苦笑しつつ、エテーネ村での姿かなあ、と言った。
マカイ・マカロンとマデッサンス・ポップコーンを食べ終わると、サマーウルフの頭を被り直してトポルの村のクラムベリル広場へ向かった。
ここも好きなんだ、とにこにこしながら言って主人公は広場一面に咲いた花を見渡した。そして、「ここのクラムパイ、美味しいんだよ」と言ってリソルにクラムパイを渡す。
「うん、美味しいけど……なんでそんな見てくんの?」
怪訝な顔で訊ねるリソルに主人公はこのクラムパイ、誰が作ったと思う?と訊いた。
「この村の誰か?」
主人公は違いまーす!と大袈裟に首を横に振り、「ヴァレリアだよ」と教えた。
「!?」
まさかの答えにリソルはクラムパイを喉に詰まらせむせた。主人公は大笑いしている。
「ゴホゴホゴホッ!」
嘘なのか本当なのか分からないのが恐ろしい。
主人公だと有り得るからな……。
「あ、あとね、クイズが大好きなリソルくんの為にクイズを考えてきたの」
「へえ。どんなの?」
オレに解けないクイズなんか無……
「ゲルヘナ幻野の廃屋にいる蜘蛛は何匹でしょう?」
「はあ!?何ソレ!?そんなの分かる訳ないじゃん」
どの廃屋だよ!行った事ないし!
「残念!5匹でした」
「フン!そんなへんてこりんなクイズ、解けなくても別に悔しくとも何ともないし!」
「じゃあ次はこれ」と言って主人公がどうぐかばんから取り出したのはアルバムだった。
「はい、ではこの写真にうつってるプクリポは男でしょーか、女でしょーか」
さてはオレの屋敷にあるクイズの本、見たな!?
「ぐ……っ!アンタ、オレの屋敷、隅から隅まで調べたって訳!?」
花嫁ですから当然の事です、とのたまう主人公。
「で?どっち?」と答えを催促してきた。
「チッ!……男」
「ブブーッ!女でした!」
「だあああ!プクリポなんかどっちでも同じでしょ!」
「同じじゃないよ!よく見て!ほら、まつげ生えてるでしょ?」
「こんなホコリみたいなまつげ見えないし!ていうかまつげなんか男だって生えてるでしょ!」
その後も何枚かプクリポの写真を見せられたがことごとくリソルは間違えた。
「そういうアンタは見分けつくの?!」
ケタケタ笑っていた主人公の動きが止まる。
「ワ、ワカルヨ」
はは〜ん。さては主人公も見分けつかないんだな。
「今度オレもアンタにクイズ考えてこようかな。プクリポの男女見分けるコツ、オレに教えてよ」
「ウ、ウン。イイヨ」
今日の分、後で仕返ししてやるからな!
話をそらすように、そろそろ次の場所行こう、と言ってアビスジュエルを取り出す主人公。
ジュエルを掲げて飛んだのはグラデル台地の大魔王顔壁。
自分の顔が彫られたのだという壁の前でエッヘンと胸を張って自慢気にしている。
でもこれ……、兜で顔全然見えないじゃん……。ていうか今、サマーウルフ着てるし。
まあ、素顔が知れ渡ったら変な奴に命を狙われないとも限らないしね。逆に都合が良いのかな。
大魔王顔壁の次は魔幻園マデッサンスの入口、棺桶乗り場へ。
主人公は初めてここを訪れた時からずっとオレとコレに乗りたかったらしい。
絶叫系は苦手なんだけど……と言いながらもいそいそと嬉しそうに乗り込む。
いかにもデートって感じでしょ!?と言ってリソルの顔を覗き込んだ。
うん、サマーウルフさえ着てなければそうかもね。
安全バーをおろすと棺桶の蓋が閉まり、大きな音を立ててレールの上をゆっくり動きだす。
そしてガーッと猛スピードで急降下したかと思うとグルッと一回転したり……なんともスリリングだ。
また乗っても良いかなと思う。そんなに悪くない乗り物だ。
魔幻園マデッサンスに到着し、リソルが先におりたが、主人公がおりて来ない。
振り返ると主人公は棺桶に座ったままぐったりしていた。
「え?おい、主人公?!どうしたんだよ!?」
リソルがびっくりして身体を揺すると、気が付いたのかキョロキョロ辺りを見回した。なんと、恐ろしさのあまり気絶していたようだ。
「大丈夫なの?」
リソルの言葉に頷き、棺桶から出て歩きだす。
「初めて乗ったんじゃないんでしょ?」と訊くと主人公は頷いて、「前はペペロゴーラがめちゃくちゃ叫んでたおかげで気絶しないで済んだ」と言った。
「……よくそれでまた乗ろうと思ったね」
続いて回転木馬に乗ろうとしていたが、振り落とされそうな速度の回転しか無いみたいなので諦めさせた。
お次はバルディア山岳地帯のターボル峡谷へ。
ここは流石に何も無いんじゃない?と思ったら奥に花畑が。
なんだかオレよりも主人公の方が魔界に詳しいんじゃないかという気さえしてきた。
主人公はそこに生えていた青い花を摘むと、「一緒に来てくれる?」と言ってオレに片手を差し出した。
どういう、意味なんだろう。
今日、ずっと一緒にいて一緒にここまで来たじゃないか。
なんて答えたら良いのか分からなくて、主人公の手を取って頷いた。
主人公はアビスジュエルを掲げた。
青い花を持ったまま、次に主人公が訪れたのは、同じくバルディア山岳地帯にある月明かりの谷だった。
なんだか、ひどく嫌な臭いがする。
主人公の後ろを付いていくと、魔瘴で真っ黒になった小さな建物があった。臭いの元はここの濃い魔瘴のようだ。
主人公はちょっとだけ建物の前に立ち止まりかけたが思い直したようで、建物に背を向けて丘にのぼった。
丘には人の手で置かれたような丸っこい岩が何個も、先程見た黒い建物を見守るかのように並んでいた。
岩の前には主人公が摘んできたのと同じ青い花が置かれていた。
「……お墓、なの?」
主人公は小さく頷いた。
「誰……の?」
主人公は膝を付いてお墓に青い花を手向けると、ここでの出来事をリソルに話した。
時折、言葉に詰まったり肩が震えたりしていたから、サマーウルフの被りものの下で泣いているのかもしれない。
この人は、旅の途中でちょっとしか関わっていないような相手の事でも、こんなに心を悲しみに染め上げてしまうのだ。
そんな彼女に悲しい顔をさせないようにする事は困難だろうけど、それでもオレは……。
「……ル。リソル?」
いつの間にか主人公に名前を呼ばれていた。そろそろ、次の場所へ行こうと。
「ああ」
主人公がアビスジュエルを掲げて着いたのは先程とはうって変わって賑やかな砂の都ファラザード。
お腹も空いたしお土産を買わなくっちゃと主人公。
誰にお土産買うのか訊いたら兄弟姉妹にと。
「ん?でも兄弟姉妹って魔仙卿として数百年以上魔界にいたんじゃないの?魔界のお土産喜ぶ?」
「!!」
確かに!と固まった主人公だったが、多分兄弟姉妹はデモンマウンテンからほぼ出てないし?主人公からお土産を貰うのは初めてだし?きっと喜んでくれるに違いない!とリソルに熱弁を振るった。
「はいはい。で?何にすんの?」
主人公は腕を組んでウーンと考えようとしたがグウウウウウ〜とお腹が派手に鳴ってしまい、先にご飯を食べる事にした。
これこれ!これ食べて見たかったんだ〜!と裏通りで串焼きヤモリを頬張る主人公。
リソルも串焼きヤモリを食べながらぼーっと裏通りを眺めていたが、その目にとあるものが留まった。
「ねえ主人公」
「ふぁに?(何?)」
主人公は口いっぱいにヤモリを詰め込んだまま返事をした。
「あそこにいるプクリポは男なの?女なの?」
と言ってリソルはムースちゃんに目を向けた。
「え"」
(自分の事ムースちゃんってちゃん付けで呼んでるしまつげがあるように見えるから女の子、かな……。ナジーンやユシュカにときめいたりしてるし……。)
「女の子!」
「ふうん……」
主人公が自信満々に答えたのでリソルはつまらなそうに返事をした。
よし、と主人公は胸をなでおろして、また兄弟姉妹へのお土産を何にしようか考え始めた。
お香とか魔剣アストロンの木刀とか食虫植物とかも良いけど……やっぱりジルガモットさん達三姉妹のようにお揃いで身につけられるアクセサリーが良いかなあ……。
という訳で裏通りを出てすぐの宝飾店に向かった。
「アクセサリーショップへようこそ。本日はいかがなさいますか?」
アクセ屋ルイッサに取り扱い商品を見せて貰ったが、兄弟姉妹にというよりヴェリナードのリーなんとかネさんに似合いそうなデザインの物が多く、違う所へ。
ファラザードの入口の近くにいるリシアに声をかけてみる。
「あらいらっしゃい!今ね、ちょうどこのファラザードの空の色のような宝石を使ったアクセサリーが出来たところなのよ。良かったら見ていって!」
見せてもらうと、目が吸い寄せられるような美しい宝石と、それを引き立たせるような草編みのアクセサリーが数種類あり、主人公はその中からブレスレットを購入した。
「まいどあり!また機会があったら宜しくね!」
そしてその日はファラザードに宿をとり、翌日アスフェルド学園の祈望館へ帰った。
「それで、今回の魔界旅行は満足して頂けましたか?大魔王サマ?」
サマーウルフ姿から元の姿に戻った主人公は満足気に頷いた。
「そう。これからも魔界をよろしくお願いしますね?」
そう言ってリソルは主人公の手に何か小さくてかたくてひんやりしている物を握らせた。
主人公が手を開くと、ファラザードの宝飾店で売っていた、リーなんとかネさんに似合いそうなデザインの、ゴージャスなゆびわがあった。
「それを見て、たまには昨日の事を思い出してよ。大魔王サマはこれからも忙しそうだからね」