10月の終わり頃。
いつものようにフウキの対策室に行くと大きなカボチャの鮮やかなオレンジ色がリソルの目に飛び込んできた。
「…何、これ?」
「よおリソル!これはな、俺の知り合いの農家のおっちゃんが豊作だってんでくれたんだ。お前にもやるよ!」
アイゼルがリソルにカボチャを渡しながら言った。
「ハァ?いらないよ、こんなデカイの。1か月毎日ご飯がカボチャになっちゃうじゃん。オレがいつカボチャが好物なんて言ったの…」
「遠慮すんなって。もう皆にやったからお前だけだ。仲間はずれは寂しいだろ?」
周りを見ると確かにフウキメンバー全員がカボチャを持っていた。
「私はトレーニングに使おうと思います!縄で縛って引きずったり、斧で割ったりするのにいい感じの大きさです!」
フランジュが目をキラキラさせながら言った。
「あたし達はお菓子作ろうかって話してたよ」
クラウンがにこにこしながら言った。隣でラピスが「カボチャプリン…」と言いながらよだれを垂らしている。それを見て「こら、ラピス!はしたないぞ!」とメルジオルがキーキー言っている。
「クラウン先輩とラピスには悪いけど、確かこういうカボチャって鑑賞用で、食用には不向きって聞いた事がありますよ」
「え〜、そうなの?残念…」
「…食べられない…?がっかり…」
ミランの言葉にしゅんとする女子ふたり。
「おいおい、オレンジのカボチャと言ったらジャック・オ・ランタンだろ」
「なんなの?ジャック・オ・ランタンって。ほら、雑学王子、さっさと説明して」
「ん、そうか、リソルは知らないのか。えっとね、ジャック・オ・ランタンはハロウィンの飾りでね。大きなオレンジ色のカボチャに顔を彫ってランタンにするんだ」
「もうすぐハロウィンだしよ、皆でジャック・オ・ランタン作らねえか?俺、こういうの得意だから分かんねえ奴がいたら教えるし」
「いいですね!」
「魔物すら感動させるほどの彫刻の腕を持つアイゼルさんに教えて頂けるんですか?それなら是非!」
「可愛くデコろうかな!」
「…みんなと…作る!」
オレはパス、と言いかけて主人公の方をチラリと見たら、物凄くわくわくしている様子が伝わってきて慌てて口を閉じた。
あーもー!アイツのせいで調子狂う!人間どもとこんな友情ごっこしてる暇なんかオレには無いのに!
「おーし、じゃあ決まりだな!実は木工部から皆の分の彫刻刀も借りてきてあるんだ。新聞紙を床に敷いて…。ん、おいリソル、帰っちまうのか?」
「…今日は用事あるから」
「そうか。それじゃまた明日な!」
リソルは対策室を出ると図書室へ向かった。ジャック・オ・ランタンについて調べに来たのだ。
だってこのオレが、あのおバカ会長にものを教わるなんて御免だからね。
お目当ての内容の本を見つけ、読みこむ。
これで充分な知識を得ただろうという頃には日が暮れていた。
オレにしては手間取ったな…。全く、アストルティアの風習とやらは厄介なものだ。何故こんな無意味な事にわざわざ時間を割くのだろう。
もう遅いし、作るのは明日でいいか。オレならたった1日分の遅れを取り戻すなんて容易いし。
そう思い、祈望館に帰ろうと足を向けたが、下駄箱の前で立ち止まった。
こんな時間なのに対策室から物音がする。まだ誰かいるのか。まさか、おバカ会長が主人公に手取り足取り教えてるんじゃないだろうな…。
「…チッ」
こんな事考える自分の方がよっぽど馬鹿だ。そう、馬鹿馬鹿しい!しかし不安に駆られた体が対策室に向かって歩きだすのを止める事は出来なかった。
勢いのまま扉を開ける。扉が大きな音をたてた。
部屋の中からバリバリッと不吉な音がした。
部屋には主人公しかいなかった。他の皆は先に帰ったようだ。
主人公はぼう然として目の前のカボチャを見つめていた。カボチャは見事に真っ二つに割れていた。
「…あー、その、なんか、ごめん」
主人公が気の毒になってリソルは思わず謝った。
主人公はリソルのせいではない、と言ったが、おそらく扉の音に驚いて手元が狂ってしまったのだろう。
数時間前に見たわくわく顔の主人公を思い出して胸が痛くなった。
「アンタにオレのランタンあげるよ。オレがとびっきりのジャック・オ・ランタン作るから楽しみにしてて」
リソルがそう言うと、ちょっぴり主人公に笑顔が戻り、少しだけほっとした。
じゃあね、と対策室を出ていく主人公を見送るとリソルは彫刻刀をぎゅっと握りしめた。
※ ※ ※
翌日の放課後、眠い目をこすりながらリソルは対策室へ向かった。昨晩徹夜で彫っていたので今日の授業はほとんど寝てしまった。
まぁ、一年生の授業で習う事なんてオレが100年以上前に習ったような基礎ばかりだからどうでもいいんだけど。
さて、大体完成したけどあとは明るいうちに念入りに細かい所をチェックして…
「なッ?!」
なんと、リソルが彫ったカボチャにキラキラしたラインストーンやリボンなどが付いたツノが生えている!
「何これ!?どーいう事!?」
「あれ?このカボチャ、リソルくんのだったの?てっきり主人公ちゃんのだと思って、主人公ちゃんの好きなある人をモチーフにデコっちゃった!ツノはね、アイゼルに作らせたの」
「そうそう。だから昨日先に帰ったんだぜ。主人公は残ってったからこの完成してるカボチャは主人公のやつかと思ったんだが」
「私達も、教えて下さるアイゼルさんが帰るそうなので一緒に帰ったんです。主人公さんは木工職人だから教わらなくても大丈夫とおっしゃって残ってました」
「それじゃあまさか、この真っ二つに割れているカボチャが主人公のなのかい?」
リソルは仕方なく軽く事情を説明した。
「ありゃりゃ…。まあ、リソルも気にし過ぎるなよ。主人公、結構豪快に削るタイプだったし」
「ごめんねリソルくん。どうしよう、主人公ちゃん、このツノ喜んでくれるかな」
「…主人公のすきなひと…?」
「シーッ!ラピスよ、お前にはまだ早い」
皆がざわつく中、主人公がやってきた。
主人公は皆の視線が自分に集まるのを感じ不思議に思いつつ、リソルのカボチャに目を向けた。
「主人公、オレのジャック・オ・ランタンなんだけど」
「主人公ちゃんごめんね!あたし、これ主人公ちゃんのカボチャだと思ってツノつけてデコっちゃったの」
皆不安そうに見つめていたが、主人公の顔がぱっと輝いた。え、このツノって…と言ってリソルの頭を見て照れながら笑う。こんなジャック・オ・ランタン、貰っちゃっていいの?
ありがとう、とお礼を言う主人公。
どうやら気に入ってくれたらしい。なんかあのツノ、恥ずかしい気もするが、主人公が喜んでくれたから良しとするか。タヌキ先輩もおバカ会長も命拾いしたね。
「…主人公のすきなひと、リソル…?」
「この流れを見るとそうかもしれないのう。でも安心せい。主人公はラピスの事も好きじゃよ」
「………」
※ ※ ※
自宅に飾ってある、誰かさん似のジャック・オ・ランタンを見ると、いつも思い出す。
大好きな人達との幸せな思い出。
彼等を護る為に、私は戦い続けるのだ。
主人公はアビスジュエルを掲げた。