「アンタ、何か欲しい物とか好きな物とかないの?」
「えー?そうだなー……。花?」
人間は欲深き生き物である。
豪邸、宝石、ブランドものの服、稀少なペット、名誉ある地位。
ま、大抵のものなら容易くアンタに与えてやれr……。
「花?」
今、花って言った?聞き間違いか……?
「うん。花」
聞き間違いじゃ、ない……。ああ、珍しい花とかか?
「ジャイラ密林の幻のラフレシアとか、ゴブル砂漠の10年に一度しか咲かない砂漠のバラとかゲルヘナ幻野の突然変異の黒い桜とか?」
「そんなのあるんだ!?それも見てみたいけどそういうのじゃなくて、ただの綺麗な花」
ただの綺麗な花……?
「魔界でいうと……トポルの村の広場に咲いてる花みたいな感じ。あ、てかアスフェルド学園もいつも綺麗な花がいっぱい咲いてるよね!」
トポルの村は行った事ないけど、ああ、学園ね。それなら普通に見て……ない。その辺に咲いてる花なんか気にも留めないし全然覚えてない。
……そんな訳でとある魔導国のとある屋敷の使用人達は主人の姿を久し振りに見る事になった。
※ ※ ※
さる高貴なお方からの任務で長らく屋敷を留守にしていた御主人様が帰宅され、私共をお呼びになった。
ああ、お久し振りに拝見する我らが御主人様の御姿……!少し背がお伸びに……はなられていないご様子。ですが相変わらずさらっさらでふわっふわの銀の御髪に凍てつくような冷たい灼眼、雪のように真っ白でなめらかな肌に勇ましく黒く尖った2本の頭角と爪、無駄な贅肉のない引き締まった肢体……。御主人様こそ神がこの星に創りたもうし至高の傑作!ジャゴヌバかルティアナかそれとも違う神か分かりませんが兎に角この地上に我らが御主人様を産んで下さったどなたかに最大級の感謝の意をお伝えしたい。ありがとうございますありがとうございます!
「お前さっきからブツブツうるさいぞ。御主人様の面前だ。静かにしろ!」
隣にいた使用人仲間に肘で小突かれた。
え!?今の口に出てた!?やだもっと早く止めてよ!!
御主人様が咳払いをした。
何をおっしゃるのか1ミリも聴き逃がさないよう全身を耳にして集中する。
御主人様が少年特有の可愛らしい唇を開く。
「この屋敷を花でいっぱいにしろ」
ふむ……。
……………………?
ああ、防犯用に、ファラザード辺りで流行っている人食い花で埋め尽くせ、という事でしょうか。流石御主人様、ゼクレスでも流行るだろうとお見越しになられて……!御主人様の時代を先取りするセンスの良さには脱帽致します!
「普通の綺麗な花だ」
??????
え……ちょっと分からない……んんん!ゲフンゲフン!
くうう、私めが未熟なあまり、御主人様の意図が理解出来ないぃ!
も、申し訳御座いません申し訳御座いませんんんんん!!
その後、使用人達が魔界中からかき集めた花を屋敷の庭に植えてみるものの土地が合わないのか根付かず。
トポルの村から取り寄せた花は使用人の誰かが植えた人食い花から分泌される強い酸でとけてしまった。(人食い花を植えたのは私ではありませんよおおお!)
見かねた御主人様がアスフェルド学園の学友のミラン王子という方から花の種を分けて貰い(王子と学友になられるなんて流石我らが御主人様!やはり御主人様のような一流の魔族の周りには同じく一流の者がお集まりになるのですね!)、それを使用人達が一生懸命世話したが魔界の魔瘴が駄目なのか発芽にいたらなかった。
思うような成果が出ず珍しく頭を抱える御主人様が次に屋敷に呼び出したのはなんと現在の魔界で10本の指に入る高名な魔術師達であった。
※ ※ ※
ゼクレス、いや魔界イチの魔力のあのお方にお仕えしているという小僧に呼び出されて来たものの、一体何の用なのだろうか。
あのお方の邪魔になる者を呪いで排除するとか?
それとも強大鉄壁な護りの魔術を所望するか?
いや、我が古代秘術の噂を聞きつけたのか?
何にせよ、魔界の未来を担うあのお方のお力になれるのならばと馳せ参じたのだ。
集った他の魔術師達も同じ想いでいるに違いない。
はてさて、あのお方は今の魔界の世の何を憂いているのか。
我々の探るような視線を浴びながら小僧が口を開いた。
「この屋敷を美しい花が咲き乱れる屋敷にして欲しい」
花??
薬草学に精通している者達の間で有名な、例の花だろうか?
栽培は非常に困難だと聞く。
だがその花を煎じたものを飲めば例えマダンテを放った直後であっても魔力が完全回復するのだとか。
流石あのお方。御自身の魔力が高過ぎるあまり普通の薬では回復が間に合わないのだな。
しかし我は植物には詳しくない故お力になれるか自信が無いな……。
「観賞用の花をお願いしたい」
観、賞、用……?
あのお方、もしかしてかなりお疲れなのだろうか……?
花を見て癒やされたいと……?
いやまさかそんな依頼ではないだろう。何かきっと、我らには預かり知れぬ事情があるのだ。
他の魔術師達の反応をうかがったが、やはり我と同じ様に疑問の色を浮かべていた。
しかし呼ばれた以上、どんな難問であろうともその名にかけてやり遂げなくてはならない。
魔術師達は時に協力しあい、時に外部の有識者の力を借りつつ、依頼主の屋敷を魔界やアストルティアの美しい花で満たした。
※ ※ ※
花を愛する人に
花を贈りたいと思ったなら
花を手折るのではなく
咲いている所へ連れていけ
そんな風な事をいつかどこかで誰かから聞いた気がした。
「わぁ……綺麗……」
だからオレは贈ろう。この景色をアンタに。
「冬に咲く花も夏に咲く花も一緒に咲いてる……。なんで?」
「さあね」
夢中になって花を見るアンタの顔は見えないけど。見なくても声で分かる。
「ありがとう」
どうかこれからもずっと、オレの側でその笑顔を咲かせて。